■サワサキヨシヒロ (Dr.YS)
'93年フランスのプログレバンド “GONG”の精神をテクノ化するというコンセプトの元 “TECHNO THE GONG”として活動を始める。
'94年ケンイシイの薦めで送ったデモテープがきっかけでベルギーのR&SのサブレーベルAPOLLOより Meditation YS 名義でシングル「Slumber/Space Race」を発表し国内外で注目される。国内のTRANSONIC RECORDSからもコンピレーションやファーストアルバム『Travellers Light』をリリース、'94年、R&Sナイト、WHITE ROOMなどの多くの PARTY、EVENTでもLIVEをこなす。さらにSUBLIME RECORDSから YS 名義で 『Perfumed Garden』をワールドワイドリリース。シングルカットの12インチは、94/11/5付のNME誌で「ジャンルを超えたファンキー・チル・アウト EP」という賛辞を受け、多くの音楽誌のレビュー、チャートに登場。イギリスのトップDJ・アーチストのDAVE ANGELのコンパイルしたアルバム “X-MIX 4”にも入り知名度を高める。
'96年初春、細野晴臣&ビルラズウェルの合作アルバム『Interpieces Organization』のリミキサーとして参加、早い時機から深い関心を示していたDRUM&BASSを初めてリミックスという形で表す。さらに'96年夏に行われた第一回“RAINBOW 2000” にライブアクトとして出演。 独特のソフトサイケデリック・テイストあふれるDRUM&BASSを披露し、オーディエンスを熱狂させた。
'96年秋にそれを結実させたアルバム『NIGHT CRUISING EP』を DOCTOR YS&COSMIC DRUNKARDS 名義でリリースする。日本初のDRUM&BASSテイストを取り入れたアルバムとして各紙で絶賛される。
数々のリミックス&トリビュートに参加し、遠藤賢司トリビュートやトッドラングレン・トリビュートでは本人自ら歌を歌い、またアスバブーン・オブ・ビーナス (野沢直子&その旦那のボブのバンド)のリミックスではお笑いテイスト溢れるDRUM&BASSを披露した。'99年には小西康陽プロデュースの 『PUNCH THE MONKEY! 2』にも “ルパン三世'78〜アフロ・ロッ ク・テーマ -どうしちゃったのルパンMIX-” で参加。
'98年にはコラムニスト泉麻人のソロシングル 「コラムで行こう」 (みうらじゅんプロデュース) のサウンド・プロデュースを担当したり、ライターとしても数多くの雑誌(ポパイ、 KEYBOARD MAGAZINE、週刊アスキー等) でユニークなコラムを掲載。K−MIX(FM静岡)で“サワサキヨシヒロのテクノテレストリアル”というバラエティーとテクノをあわせた番組のDJも担当('97年〜98年)。テレビでは“タモリ倶楽部” や “パパパパパフィー”などに出演するなど、異色のキャラぶりを発揮している。
DJとしては、みるく、マニアックラブなどを拠点に多くのイベントに出演。独自のフィルターを通し、演歌からロック、ダンスを同一線上でプレイするスタイルはフロアを爆笑の渦に巻き込みながらも、時にはしっかりと躍らせるという独特のもので、全国のクラブでも大活躍している。
'99年末からはそんな彼の才能を評価した東京スカパラダイスオーケストラの冷牟田氏やFPM田中知之氏らからの呼びかけで総勢15名の”スピードキング”のメンバーの一人として参加。武道館を含む全国ツアーではそのキャラクターで異彩を放ち、ツアー・アンケートでも「最も気になる存在」として選ばれた。
2000年10月リリースのスティーヴエトウの男気溢れるカントリー・テクノトラック「ローハイド」のプロデュースも手掛けた。初の書き下ろしの著書“リミックス・ア・ゴーゴー”(リットーミュージック)を2000年12月出版。これは業界初のリミックス教則本であり、リミックスを始めようとする初心者のバイブルとなっている。
2000年11月には4年ぶりのニューアルバム、にして本人名義でのメジャーデビューアルバム『DrYS&THE COSMIC DRUNKARDS』(V2 RECORDS)をリリース。テクノ、ドラムンベースなどのクラブ的サウンドにとどまらず、あの岡田眞澄氏がボーカルで参加したゴージャスな歌曲「コズミックドランカーズのテーマ」を始め、ボサノバやルーツであるプログレッシブロックテイストのものまで、正に20世紀最後にふさわしい集大成の作品となっている。
2001年3月にはドイツ〜オーストリアのライブ&DJツアーを行い、ニューアルバムの曲などをDJという形で披露し、そして7〜8月にはまたもやドイツ〜オーストリア、そして今やクラブ系の聖地となっているスペインのイビザ島でDJを行い、ヨーロッパのオーディエンスを沸した。2001年はクラブシーン以外のジャンルから注目されることも多く、元聖鬼魔?のギタリスト、ルーク篁 のソロプロジェクト“TOYO” のプロデュースや、元LUNA SEA ギタリスト、SUGIZO の “A.D.2001 PARALLEL SIDE OF SOUNDTRACK TOUR” に参加。
2002年、今話題の説教ユニット “ロマンポルシェ。” のレコーディングに参加し、アルバムメインチューン「全裸で書いたラブレター」を作曲制作。その活動ぶりはクラブカルチャーの範疇だけにとどまらず益々加速している。そしてその縦横無尽ぶりはアート界にも波及し、4月にはペイントアーチスト、西村記人氏と高知県立美術館で音とペイントアートのコラボレーションライブを行い、5月にはその海外公演としてミュンヘン“i−CAMP THEATER” でもコラボレーションライブを行った。その後DJツアーとし てドイツ、オーストリアを回った。5月後半にはミュンヘン在住の異色ユニット“SHINTO”が来日し、そのジャパンツアーに同行。全国6ヶ所を回った。音楽制作としては、PlayStation2の最新ゲーム“ストリートゴルファー”の音楽を制作プロデュースするなど、さらに制作の場を広げた。
2003年に入り、渋谷LA FABRIQUEでの毎月1回のレギュラーDJパーティーを始め、ジャズピアニストでCM音楽の巨匠、中冨雅之氏とのコラボレーションユニット “ColorCrayon” も結成。メディア 方面でも、インターネットラジオ “ラジ@” が4月から再開し(2003年10月まで)、CS放送(Sky PerfecTV!)のSo-net channelでの番組”The Creators JAM - MONITOR”でコー ナーを担当(2004年10月まで)、さらに雑誌媒体では”iモードSTYLE”での連載(2004年4月まで)や、京都のタウン誌 “カイトランド” でも京都インタビューページを担当。
2004年上半期は、6月に東京ドームで行われたビッグイベント、”みうらじゅんin 東京ドーム 郷土LOVE2004”で、開会式から閉会式まで2日間に渡っての、音楽制作ならびに総合音楽プロデュースを行った。雑誌媒体では、クラブ系雑誌 “FLOORNET” で予てから好きだった温泉についての連載”サワサキヨシヒロ!のミキシング温泉”や、求人誌 “ドカント” での”こちらサワサキ新聞部です”という癒し系バラエティ連載などが新たに始まり、音楽だけにとどまらず、縦横無尽に活動を続けるクラブ界のマルチ文化人として活躍している。
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